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アトランティスは第二次世界大戦で通商破壊戦を行ったドイツ海軍の仮装巡洋艦の一つである。商船「ゴルデンフェルス号(Goldenfels)」を14週間で改装して1939年12月19日に竣工、就役した。 ==概要== ドイツ海軍は、アトランティスを軍艦16号(Schiff 16)と呼び、イギリス海軍は同船を「Raider-C」(襲撃艦 C)と名づけて警戒していた。アトランティスAtlantisはベルンハルト・ロッゲ艦長指揮下にソ連や日本など中立国の国旗を掲げ、無警戒の敵国の商船を襲撃した。敵国の輸送船を撃沈するばかりでなく、輸送船の積荷によってはこれを利用するため、拿捕、奪取した。また、そのための拿捕部隊が同乗していた。 アトランティスは英海軍の警戒網をすり抜け、あるいは手薄な海域へと移動しながら、北周りで英本土を迂回してから南下して大西洋に向かい、そのまま南下して喜望峰を回ってインド洋へ抜け、一度折り返して西進して南大西洋からホーン岬を抜けて南太平洋に出るという複雑な航路を取った。なお、アトランティスは航海途中に飲料水補給のために寄航した無人のケルゲレン諸島において座礁してしまったが、どうにか自力での離脱に成功した。 出港後一年半が経過した1941年夏の時点においても、拿捕した船の燃料と食料を活用すればまだまだ航海は可能であったが、ロッゲ艦長は航海のあまりの長期化を考慮し、大西洋経由での本国への帰還を決意した。 1941年11月22日、アトランティスは南大西洋のセントヘレナ島近海で、イギリス海軍重巡洋艦「デヴォンシャー」に捕捉攻撃され、自沈した。同艦は1939年から沈没するまで、距離にして161,000キロ、602日の期間を無寄港で通商破壊戦に従事し、22隻、144,384トンの船を沈め、その他多数の船を拿捕した。なお、そのうちの一隻オートメドン号には、イギリス極東司令部宛の機密書類が多数積載されており、その鹵獲はドイツ軍のみならず同盟国の日本軍にも高く評価され、ロッゲ艦長はのちに恩賜の軍刀を授けられている。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「アトランティス (仮装巡洋艦)」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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